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06/11/07(火) 12:34:12

カテ: コラム

テヅカ イズ デッド

by gerorine

teduka1107.jpg先日図書館で借りたモノレビュー3つ目。残りの2つは別にレビューはいらんでしょう…大相撲のガイド本に仏像の解説本だしw

という訳で今回紹介する本はいわゆる「マンガ評論」の本。図書館にはマンガは「はだしのゲン」以外なかなか無い訳ですが、マンガ評論の本も…やっぱりというか何というか、数が少ない。

大体いつも自分が読む「マンガの本」というのは、マンガ地獄変シリーズとか太田出版の関連本とか、学術的な批評というよりは紹介・煽りというのがメインだったような気がする。それはそれで自分のようなオツムの弱い人間でもホイホイと読めるし何よりガッツリと読んでも非常に読みやすい。

ただ、やっぱそういうのばっかに頼ってヲタ的な欲望をオールドスクールな方向に向けてぴゅぴゅっと射精するだけなのも、30代のマンガ読みとして正直イカンという気持ちも有る訳で。そこでまあ正統な「マンガ評論」とは何ぞや?コマ割りとかそういうレヴェル(この本ではこうやって書いていた)から学習すべきじゃね?とか、そんな意味合いも兼ねて借りてみた訳で。

そんな中でコレをチョイスしたのは、「割と新しいモノに言及した」イメージで選んだもの。タイトル・ジャケ借りというのも有った訳ですが。

まあ評論議論してる本なんで、他の本から引用して「つまりはこういう事」とか「そうは言うがな、それ違くね?」という感じの文章が多いのは…まあそういうものか、と思っていたが、特にキーとして扱っていたのは、本のタイトル通り「手塚治虫を現代のマンガのオリジンとして見るべきか否か」という事。んでこの本は「今はそういう(GOD手塚の)呪縛に縛られなくてもええやんか、もっとはみ出しておくれよ!」というハッパかけをするスタイルを取っている。

考えてみりゃ、小さな頃からマンガというモノには触れてきた訳だが、本格的にマンガを「読む」という行為に快楽を覚えたのは、社会人になってから。つまりはGOD手塚が亡くなって7~8年くらい後の話。だがしかしそこで本格的に読み始めたマンガは、それこそGODが生きGODで有りつづけた時代の作品ばかり。自分にしてみりゃそんな矛盾も抱えていた訳で。

だから正直、今のマンガは実際のところ「よく知らない」。しかもこの本では「本来メジャーであるべき存在」としてスクエニのガンガンを持ち出してきた。言われてみればなるほど、ガンガンほど今のマンガを語る上で欠かせない存在である事は、傍目から見ても解る。メディアミックスとかヲタ臭いとかそういうのは抜きにしても、一番「流れ」を再構築させやすい立場にあるのは、ジャンプやマガジン、アフタヌーンとかよりも、ガンガンの方かもしれない。
それでも、コマ割りの新しい形としてココロ図書館の1ページを持ち出して来た時、1ページで全く話しの流れが掴めないページをこの本がチョイスしてきたのは「???」と思いましたが。コレどっちの方角から読めばいいの?的なページを出して「新しい形」と言う気持ちも解りますが、いくらなんでもアバンギャルドすぎます!アバンギャルドって言ったね!親父にも言われた事ないのに!(c)ジョニー大蔵大臣

まあそれは置いといても、マンガ評論の入り口としては充分価値がある本だと思う。最近の個所を取り上げている分、「さらにそこから掘り下げる」という作業が容易に出来るというのも有るし、特に「キャラ」と「キャラクター」の違い、コマと時間経過についての関係については、かなり興味深く読めた。そっか、村上隆はあくまでメインポジションは「現代美術」なんだよね。ただそのボーダーを越えたり越えなかったりといふ部分で表現してるだけで。

今後色々調べてみる上で、是非手元に置いておきたい本ではあるけど、やっぱ値段が2500円以上するのでそれは難しそうだったり。まあいいや、全てはここから始めてみるというのも、悪くないかも。

テヅカ・イズ・デッド ひらかれたマンガ表現論へ
テヅカ・イズ・デッド ひらかれたマンガ表現論へ
  • 発売元: NTT出版
  • 価格: ¥ 2,520
  • 発売日: 2005/09/27